ご挨拶

会長 奥山明彦

医会創立40周年―過去から未来へー

鹿児島市での第105回日本泌尿器科学会総会から帰阪して筆を執っています。総会前日の4月20日午後に開催された評議員会の席上「第5回日本泌尿器科学会医療賞」が一般社団法人大阪泌尿器科臨床医会(以下医会)に授与されました。登壇、受賞を待ちながら40年を振り返り、「今は亡き先輩」を偲び、未来に思いを馳せました。
医会は大阪の庶民文化の賜物です。外観より中身、名目より実益、失敗を糧にする、損をして得をとる、など「浪花(なにわ)の町人医者」が知恵を出し合って作り出しました。しかしその道のりは決して平坦では無かったと思います。解散を考えた時もあったと聞いています。
ルーツは1970年代前半、10余名からなる有志による「症例検討会」に遡ります。開業医や病院勤務医が医会発起人に参加したことが大きな意味を持ちました。当時は大学紛争や入局反対の時代であり、学閥や職制の壁が取り払われており、円滑に組織化されました。 初回総会は1977年7月に大阪大学病院講堂(大阪市福島区)にて、70余名の参加で行われました。田村峯雄大阪市大教授を初代会長に園田孝夫(大阪大)、宮崎 重(大阪医大)、栗田 孝(近畿大)、新谷 浩(関西医大)の各教授、児玉正道、岩佐賢二、高崎 登、原田 卓、定延和夫先生を始めとする懐かしいお名前が出てきます。当初は日常遭遇する症例の検討、保健医療の問題を議論する情報交換の場でもありました。
爾来10年を経過して前川正信大阪市大教授が第3代会長に就任、当時、堺市で開業されていた児玉先生が事務局となり、現在に近い形になりました。年2回の学術大会、機関誌の充実が図られ、各種委員会や幹事会が整備されました。会員数が250名から大阪府下の泌尿器科医の大部分を網羅する450名を超えたのも10年間の前川時代でした。
その後も各会長のもとで改革が加えられ、大阪府医師会専門部会(大阪府医師会 医会連合)に所属、大学病院や特定機能病院医師も含めて会員500名に達し、標準医療の検証と改革、医療行政、在宅医療、病診連携、医療安全を課題として、若手泌尿器科医を対象に学術奨励賞を発足、2016年には一般社団法人となっています。
高齢化が進み、65歳以上の人口は25%を超え、間もなく30%に達すると考えられ、福祉や医療の危機が叫ばれています。また前立腺がんが本邦男性がんの頂点に立ち、今後も増加を辿り、予防活動が求められます。排尿障害を訴える人口は2,000万人に達すると言われ、在宅での排尿管理が叫ばれています。
今後は、健康寿命の延長を目標に、一般市民を対象とする啓発活動も大きな課題です。
40周年を踏み台として飛躍を図ります。

平成29年5月1日

大阪泌尿器科臨床医会
会長 奥山明彦

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